トンボ鉛筆100年史 page 40/98

トンボ鉛筆100年史

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トンボ鉛筆100年史

Theme国産最高級鉛筆「HOMO」の開発と「MONO」の成長鉛筆業界の革命児、「HOMO」誕生「精密製図用・写真修整用」の最高級鉛筆「HOMO」が完成したのは、1952(昭和27)年8月だった。戦後、初めて「国産高級鉛筆」という商品カテゴリーを開拓し、国産初の1本30円と、当時としては破格のプライス・ゾーンを形成した「HOMO」は、まさに、鉛筆業界の革命児であった。「HOMO」の特徴は、何といっても、その芯にあった。硬度が9Hから6Bまで17種そろい、各硬度間の芯の硬度と濃度が均一に変化していくという、従来の鉛筆では得られなかった性能を獲得していたのである。すなわち、均質な超微粒子を結合させる技術を開発し、その生産を可能にして初めて、完成をみた鉛筆といえる。これは1949年から取り組んできた産学協同の一大プロジェクト「鉛筆の芯を科学する」における東京大学の赤松秀雄教授、高橋浩先生らが中心となった技術研究室=「赤松研」による成果だった。生産にあたって威力を発揮したのが、この研究の成果を活かし、米国から導入したスピードライン・ミルである。原料の粘土と黒鉛を、超微粒子にして均一に分散し、均一に混合することに成功した結果、「HOMO」が誕生する。商品名「HOMO」は、「鉛筆芯の場合、粘土と黒鉛の粒子をこまかく均一に加工し、ミックスすることで良質な芯が得られる」という赤松教授の研究報告書に基づいて、「均一、同質」を意味するhomogeneousから名づけられた。HOMO上昇志向に乗った「HOMO」鉛筆メーカーとしての威信をかけて生み出された「HOMO」だが、発売当初は常識破りともいえる高価格であったことから、流通からいろいろな声があがった時期もあった。しかし、「HOMO」だけが持つ正確な硬度分けや描線のシャープさは、精密製図用に力を発揮し、設計・施工の専門家たちの必需品として浸透していった。また、発売当時、朝鮮戦争による特需で、日本は好景気にわき立っていた。やがて高度経済成長期を迎えることになるが、この時期、とりわけ工業系スピードライン・ミル40