トンボ鉛筆100年史 page 36/98

トンボ鉛筆100年史

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トンボ鉛筆100年史

第2章戦後復興と事業多角化1958?19621958[昭和33]1アメリカ、人工衛星1号打ち上げ成功3製図用筆記具の新製品平型芯および平型芯ホルダーを日本で初めて完成、発売、1本300円東京・北区志茂1丁目に(株)小川工業を設立、油性マーキングペン「ドライインク50FD」(速乾性筆記具)発売関門隧道(関門国道トンネル)開通12 1万円札発行東京タワー完成―ボールペン「クラウントンボ」発売―総合筆記具メーカーとして事業を拡大―国際収支の実質黒字5億7800万ドルで過去最高1959[昭和34]1計量法施行(尺貫法廃止、メートル法に移行)4皇太子ご成婚11貿易自由化開始12東京都北区豊島に小川工業の工場を新設―鉛筆型の化粧石鹸(ミツワ石鹸製)を販売促進に利用―岩戸景気にわく1960[昭和35]9所得倍増、高度経済成長政策発表カラーテレビ放送開始ボールペンの発売1958(昭和33)年、トンボ鉛筆初の多角化事業により誕生した油性ボールペン、「クラウントンボ」を発売する。鉛筆専業メーカーとして著名なトンボ鉛筆が異分野の筆記具を製造・販売したことは、ライバル社に衝撃を与えた。当時、ボールペンは「オート」「ローレル」「シグマ」の3社が保有する権利により、その製造を阻まれていたからだった。障害にあっても不退転の決意で挑む八郎は、これを突破する。しかし、商標登録時(1927年)の不備から、鉛筆以外の文具類一切に、トンボ印が使えない事態が発覚する。商標問題が完全に解決するのは21年後の1979年のことだった。このような生みの苦しみを経て誕生したトンボのボールペンは、広く親しまれていく。新城工場の開設&ボールペンの社内生産開始事業の多角化、業容の拡大に伴い、八郎は、TOSHIMAFACTORYに次ぐ、第二の生産拠点を求める。愛知県新城市に工場設置を決めたのは、新城市が日本の真1961[昭和36]1王子工場、シャープペンシル芯JIS認定工場となる4ソ連、有人宇宙船ボストーク1号打ち上げ成功11世界初の鉛筆型水性マーキングペン「ドライW」を香港向けに発売、1本30円(国内発売は1962年2月)1962[昭和37]2日米関税引き下げ協定調印4スイス・アルベ社よりボールペンチップ加工機導入10東京工場、品質管理優良工場として「通商産業大臣賞」受賞12電動鉛筆削り器「ピコ」発売、5000円―鉛筆「8900V」「8900VP」「8900P」発売―ペンスタンドつきバンカースボールペン「BB-200A」発売―東京都常住人口1000万人突破河野鷹思デザインのトンボ印とTombowロゴのカタログ36