トンボ鉛筆100年史 page 32/98

トンボ鉛筆100年史

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トンボ鉛筆100年史

第2章戦後復興と事業多角化1952?19541952[昭和27]4臨時物資需給調整法廃止GHQ廃止7夏季オリンピックヘルシンキ大会開催、日本は戦後初の参加8最高級鉛筆「HOMO」を完成し、発売、1本30円米国製CHICAGOタイプ(APSCO社製)鉛筆削り器をヒントに「408」を商品化、発売ラジオの受信契約数が1000万を突破11東京・丸の内に新丸ビルが完成1953[昭和28]2 NHKテレビ、放送開始3中国からの引き揚げが始まる5小売店との懇親会、第1回さつき会(のちの「HOMO会」「MONO会」)開催7朝鮮戦争休戦協定調印8日本テレビ、放送開始(初の民間テレビ放送)10東京都内に「赤電話」(公衆電話)登場11うたごえ運動始まる1954[昭和29]1地下鉄丸ノ内線池袋-御茶ノ水間開業、戦後初の地下鉄開業3ビキニ水爆実験で第五福竜丸被災4カラヤンがN響を指揮第1回日本国際見本市開催(大阪)10資本金2500万円に増資事業の拡張に伴い、本社を東京都台東区柳橋より東京都中央区日本橋人形町に移転―原水爆禁止運動さかん―街頭テレビによりプロレス人気過熱国産最高級鉛筆「HOMO」の発売「鉛筆の芯を科学する」一大プロジェクトが始動して3年目の1952(昭和27)年8月、品質・価格ともに最高級を誇る鉛筆「HOMO」が完成する。「HOMO/ホモ」は、英語のhomogeneousに由来し、「均一、同質」という意味を持つ。精密製図用また写真修整用の鉛筆に最も求められることは、その芯が超微粒子として均質にできていること。この均質性を高めた鉛筆であることの証として、「HOMO」と名づけたのだった。赤松教授らの芯の研究を基盤に、八郎が米国から導入した近代生産設備をもって、芯の抜本改良がなされた「HOMO」は、9Hから6Bまで17硬度がそろえられた。とりわけ高硬度芯において、細線でシャープな筆跡が得られるのが特徴で、専門家はもとより、広く小中学生たちにも好評を博した。「HOMO」は、また、常識破りの鉛筆でもあった。国産鉛筆の価格が1本5円、10円が一般的だった時代に、1本30円、1ダース360円と、国産では破格のプライス・ゾーンを形成した。HOMOディスプレイとHOMO発売当初のHOMOHOMO32